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 6 大隊の日々

(中略) 婦人達は皆真剣に「えいーっ」と竹槍を繰り出し、竹槍を担いで隊を組み行進したりした。

その姿が何とも漫画的でおかしくなり、特に大野の小母さんの行進姿には吹き出したくなるのを

耐えるのに苦労した。
 
町の人との交流があることは良かったが、困った事が起きた。

大隊本部のN一等兵が町のX商店のおかみさんと懇ろになり、とうとう憲兵に捕まってしまった。

 責任の上司は僕だった。憲兵隊に行き隊長に会い、部下の不始末とこちらの不行き届きを詫びた。

留置所を見たのは初めてだった。低い木組みの檻の中に、犬のように座るNに

何と声をかければ良いか、僕は戸惑った。「体は大丈夫か。早く出してもらえ」とかなんとか

云ったように記憶する。彼は間もなく釈放された。

 この頃だったろう。《噴進砲》の試射が洲崎の飛行場で行われた。(「父島『僕の軍隊時代』」58ページ)……


★ 家への手紙

☆ 海
 父島の海は紺碧です。手を入れれば本当に染まるようです。(「父島『僕の軍隊時代』」59ページ)……
 
① 銛使い
 一度、銛をもって潜ってみました。すぐ目の前にカワハギのような格好の魚が泳いでいました。

銛は初めてですが近づいてさっと繰り出して見ました。しかし、銛は魚体をかすり、

鱗が何枚か海中に舞いました。ところがです。さっと逃げてしまったと思われたその魚が、

くるりと向きを変えてそこに止まり、キョトンとして“いったい何が起きたのだろう”とこちらを

見ているのです。そこでもう一度銛を繰り出すと今度は見事に刺さりました。やったぞ! と海面に

顔を出し、銛を突き上げてみると何と十センチ位の小さな小魚でした。

海中ではみんな大きく見えるものです。

 ②シャコ貝獲り

 何度か潜って目が馴れてくると、珊瑚や岩穴の陰にいる色々な生き物が見えてきます。

二度目に海に行ったときだったか、僕が潜っていたとき、岩と岩の間に濃い紫色の花

のようなものを見つけました。近づいてよく見るとシャコ貝でした。シャコ貝が二枚の貝殻を開いて、

そこから肉のひれのようなものを出しているのです。それはとてもきれいな紫色でした。

心躍らせてその辺を眺めると、あちらにもこちらにも、それが見えました。小さくても、

生きている本物を見るのは初めてです。シャコ貝は南洋の海を象徴する憧れの貝でした。

すっかり興奮しました。

 シャコ貝は部厚い波形の二枚貝で、その噛み合わせも五,六本の牙のように波型になっています。

貝は岩や珊瑚に半分埋まった状態になってしっかりくっついています。そうやって貝殻を少し開き、

プランクトンでも食べているのでしょうか。

 どうやって獲ろうか? そばに寄って触ってみてもびくともしません。

それどころか、敵が近づいたと察したらしく、その口を堅く閉じてしまいました。

 一旦陸に上がって金梃子を取りまた潜りました。海の中は面白いもので、

ちゃんと道が付いているのです。すぐにシャコ貝のところへたどり着きました。

三つばかり大きいのに目をつけ金梃子で探ってみましたが、びくともしません。

周りを掘ってあらかたの形を出しましたがそれでも動きません。

 どうしよう? ここは海中の崖のようなところなので、うっかりすると貝は深い

谷底に転がり落ちてしまいます。そこで考えた末、今度は陸から麻のロープを取って戻りました。

この貝をロープで縛って引っ張り上げようと思ったのです。周りにいた兵には笑われましたが、

この作戦は成功しました。三人ばかりの手を借りて、見事に大きなシャコ貝を引き揚げました。

大きいといっても三十センチくらい。南洋のものには及びもしませんが、この近辺では大きいほうです。

大隊長の料理当番に頼んで、夕の肴に貝の肉を食べましたが、とても美味でした。貝殻は良く洗って乾かしました。


後記 
 その貝が今も手元に残っています。二枚の貝殻の間に配給のキャラメルを詰めて家に送りました。

それが今でも残っているのです。もう五十年経ちますが、その偉容は変わりません。

あの珊瑚礁が目に浮かびます。


 ③ 大蛸獲り、伊勢海老、うつぼ

 いつものように海中の道をゆっくり泳いでいくと、珊瑚礁の中に何か見えました。

目玉です。蛸の目玉でした。大きそうでした。わくわくして銛を取りに戻りました。

泳いでいくと、またちゃんとその蛸のいる穴に辿り着きました。蛸は待っていてくれました。

狙いを定めてえいっと一刺し、手応えは確かですが、引っ張り上げることができません。

僕の方も呼吸が苦しくなるので一旦海面に出ようとしました。その時、蛸がムクムクと

穴から這い出して来て、矢庭に墨を吹き出しました。それから長い脚を伸ばして銛を

握っている僕の右腕の上の方まで絡んできました。墨を吐かれて前が見えず、

絡みつかれた脚の気持ち悪さにぞっとしながら、それでも銛は離さずに海面に顔を出しました。

 陸に揚げて見ると、なかなか見事な蛸でした。兵隊に持ってきてもらった飯盒に入れると一杯でした。

これもまた、夕の会食の席で良い肴となりました。


 いつか潜っていたら、大きな伊勢海老が岩に張り付いているのを見つけました。

すぐに捕まえようとしましたが、その背中の棘々は素手では掴めそうにありません。

急いで軍手を取りに戻りました。おいっ、動かずにいろよ! と念じつつ、再び潜ると

幸いにもまだ岩に張り付いていました。はやる心を鎮めてさっと掴んだのです。

確かに掴めました。けれど、……ああ、それは見事な伊勢海老の抜け殻でした。

 伊勢海老は父島で第一のご馳走とも云われていますが、潜って獲るのはやはり専門

の漁師でなければできません。隊では何かの催しなどで必要なときに、

歩兵隊長に「何十匹を」と頼みます。歩兵隊には八丈島から来た兵が多かったのです。

その腕は確かで、いつもちゃんと必要な数を揃えてくれました。

 こんなこともありました。

 今日は一つ大きな奴を釣ってみよう、と浅いところで釣りに使う餌探しをしていました。

足首あたりがくすぐったいなと思って見ると、小さな魚が何匹も寄ってきて足をつついているのです。

ちょうど手頃な蟹が水中から岩にはい上がってくるところでした。蟹は素早いので持っていた

棒きれでさっと叩きました。うまく命中しました。そこで蟹を拾おうと腰をかがめて手を伸ばしたときです。

いきなり水中からにょきにょきとせり上がって来たものがいました。うつぼでした。

毒々しい目、鋭い歯、彼は呆然とする僕を尻目に、その蟹をくわえてすっと水中に没しました。

一瞬の出来事でした。それからというもの注意して水中の穴を見るとき、

こちらを睨んで口を開けひらひらと体をくねらせる彼らに出会うこともしばしばでした。見るたびにぞっとします。


★ 家への手紙

 大村の波止場からすぐのところにある「南陽館」は島唯一の旅館です。

何か会合があり終わって宴会に移ると境浦のお姉さん達、つまり慰安所の女性がお酌に出てきました。

そうすると座も盛り上がります。彼女達は男共と一緒になって卑猥な歌を面白そうに

歌ったり踊ったりしました。僕は目のやり場がないような気持ちでした。

 会も終わりに近づくと、席は乱れ、皆すっかり酔ってしまっています。

下心のある手早い者は、女達と目配せして今夜の取り決めをそっとやっています。

 こんな時、連隊長や大隊長が最後まで腰を降ろしているのは野暮というものです。

「吉岡、帰ろうや」と、大隊長が勢いなく僕に声をかけます。そこで僕がお供をして馬で

本部に戻ることになるのですが、大隊長も見栄を気にしなければ、連中と行動を

共にすればいいわけです。それに引き替え、第二大隊長は若い少佐でしたが、

堂々と慰安所通いをしているということです。


後記
 父島の慰安所は海軍のものであり、陸軍将校は海軍の了解を得てここを利用していた。

島田軍医からは、これらの女性に対して定期的な梅毒の検査をするという話を聞いたことがあった。

兵士達が唄うじゃれ歌に「朝鮮ピー」という言葉があった。ピーというのは隠語で慰安婦をさす。

当時は、朝鮮の女性が強制的にそうさせられていたとは

全く知らなかった(日本の女性も強制的に連れてこられていたという話がある)。