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☆ 第二種巡察

第二種巡察とは休日の外出先での下士官、兵の軍紀、風紀を取り締まるために

派遣される将校巡察です。

休日には父島在駐の歩兵、工兵、砲兵など各部隊の下士官、兵が町や慰安所などに溢れます。

巡察将校は一々各部隊から出るのではなしに、各部隊持ち回りの形で、要塞司令部命令となっていました。

昭和十八年のある休日、初めて僕にその任が回ってきました。特に難しいことではなく

大村の町を一巡してくればいいのですが、まだ若くて血気さかんな新任少尉にしてみれば、

ここは一つの張り切り材料です。

さて、その日の演出は乗馬で巡ることにし、大隊長から馬を借りる許可をとりました。

実は乗馬といっても僕らの重砲は機械化部隊でしたから乗馬の訓練は受けたことがありません。

台湾で農場の馬を勝手に乗り回し、ちょっと経験のある同僚に手ほどきしてもらったくらいで、

乗れると云うのもおこがましい次第だったのでしたが、そこが若さの大胆さです。

まあやってみろというわけで、それでも念のため、以前乗馬部隊にいたという連隊本部の

下士官に同行を頼むことにしました。

巡察将校は紅白の縦縞の幅広いたすきを左肩から斜めに派手にかけるのです。

厩当番の兵がニヤニヤして、大丈夫ですかという目で見送ってくれました。

乗馬というのは目線がぐっと高くなり、すべてを見下ろす感じで気分のいいものです。

町を歩く兵が見上げるようにして敬礼します。町の女の子たちも見ていたでしょう。

新任少尉殿は悠々と答礼しながら町を一巡しました。それから小学校のたまなの木陰に一服し、

海岸沿いに扇浦に向かいました。波止場を右に見て奥村まで一キロくらい、兵もまばらなので

馬を“だく足”で歩かせたところかなり上手にできたので満足しました。そのまま奥村の

たまな林をゆっくり歩き、海軍の特根(※ 特別根拠地帯)前を過ぎトンネルを

三つばかりくぐり、境浦に出ました。

境浦には陸軍の慰安所があり、ここは今日の巡察のうち一つの重点になっているのです。

ちょっと緊張しました。他人はともかく、僕は初めて見るところですから。道路の右手、海岸側に

バナナの木が点在していて、そこに平屋の小屋らしき建物がいくつか建っていました。

僕は入り口の門柱脇に馬を繋いで中に入り、付いてきた下士官の案内で一軒の家に入りました。

そこはこの慰安所を仕切るおやじの事務室みたいな所でした。

おやじは腰をかがめ、揉み手のような仕草で出てきてお茶を勧めました。ご苦労様でございます、と。

さて、こちらは何と云っていいのか、咄嗟に困ってしまいました。変わったことはないか、とか

そんなことくらいしか云えません。茶を一杯飲んで、なんとか一時を持ち、「では気をつけて、ご苦労」

と腰をあげました。中を巡るのも面映ゆく、兵の行き交いをちょっと眺めただけで門を出てホッとしました。

それから扇浦まで一気に“駆け足”で、四脚を宙に浮かせて走らせました。

この走り方は風を切って走るので、いかにも馬に乗っている感がして楽しかったのです。

扇浦は一つの集落で、父島南側半分の拠点です。小学校の分校もあったようです。

この海岸は真っ白な砂浜が広く綺麗でした。

しばらくたまなの樹陰でゆっくりと休み帰途に着きました。今度は奥村あたりまで一気に駆け足で飛ばすぞ、

そう先生各の下士官に云い、馬の腹を蹴り、ぱっぱと飛ばしました。そして一キロ半ばかり、

境浦でさっきの慰安所の前を通過と思いきや、馬がさっと左に九十度急回転、慰安所の庭に飛び込みました。

当然、僕は投げ出されて見事に落馬しました。

僕は落馬の身に受ける衝撃より、しまったと恥ずかしい思いに跳ね起きました。

馬は手綱をとる者がないので慰安所の庭をぐるぐる駆け回ります。

そのうち寝巻きを着たような女が何人も飛び出してくる、兵隊達が面白がってわあわあ云う。

一緒に付いてきた下士官が手を広げて馬を制しようとするが、なかなか捕まらない。

ついに慰安所に来ていたどこかの兵が、馬の心得があったのでしょう。

オーラ、オーラと掛け声をかけて馬に近づき、うまく手綱を掴んでくれました。「はい、少尉どの」と。

「やあ、すまん。ありがとう、々々々」、礼もそこそこに馬に跨ると逃げるように慰安所を出てトンネルの所まで走り、

一旦馬を降りました。下士官が気の毒がって僕の汚れたズボンの土をはたいてくれました。

あんなに順調に走っていたのに、なぜ急に馬が慰安所の庭に飛び込んだのか? 

土をはたきながらの下士官の説明でわかりました。

 慰安所の女達は退屈なので、馬が来るとよく人参なんかをやっていたそうです。

僕の乗っていた馬も、厩当番の兵が毎日運動のために連れ出すときに、度々ここに寄って油を売り、

馬もまた人参の恩恵に浴していたらしいのです。

 そして今日、乗り手があまり上手くないのを感じた馬の奴が、手綱に従わず、

勝手に飛び込んだという次第だったのです。 

 それにしても、悠々と構えてという僕の計画は無惨にへし折られてしまいました。

 どうせばれること、帰って大隊長に報告すると彼の喜ぶこと喜ぶこと。

「吉岡が慰安所で落馬した」と単調な日々の一大ニュースになって、早速連隊長からも冷やかされました。

日頃慰安所を利用しない稀少派の吉岡であっただけに、そのニュース価値も大きかったようでした。




 5 大隊の日々  (「父島『僕の軍隊時代』」54ページに続く)